55歳男性 体調不備が続き母が調べてきた女性に霊視してもらった。

公開日:  最終更新日:2019/08/04

 関東の某県に在住する50代半ばにさしかかる男性です。もう、大分、前の話になります。
私の場合、霊視と言うかどちらかというと占いに近かったように思えるものでした。

今を去ること20数年前の話です。30代を少し過ぎた当時、私は、とある疾患に苦しんでおりました。具体的な症状に関しては、プライベートなことでもあり、ここでは敢えて伏せておきますが、会社も頻繁に休みがちになるほどに酷く、所属していた部署の上司や同僚にも多大な迷惑をかけてしまうことになり、不可抗力である病気のこととはいえ、内心忸怩たるものがありました。

しかしながら、病院そして病院で処方される薬は元より、漢方薬、気功、催眠療法等々思いつくものは、全て試みたのですが、何時まで経っても、何をやっても治りません。

次第に追いつめられていき精神的にも疲弊して「このまま、死ぬまでこの症状に苦しめられるのか…」と半ばもう自暴自棄になりかけたころでした。

当時の私は、自分では辛うじて正気を保っていたつもりだったのですが、恐らく、傍から見れば顔色も悪く言動もどこか奇異だったのでしょう。

見かねた母が何処から聞いてきたのかわかりませんが「霊視をする人」の話を持ち込んできました。正直なところ「霊視や占いなど、バカバカシイ…眉唾ものだ」と内心、思っていましたが、あまりにも長期間にわたって患っていたのと母の執拗な勧めもあり、「もしかしたら、治る切掛けになるかもしれない」という淡い期待を抱きながら、その霊視をする人のところに出向きました。

人間というのは普段、「バカバカしい」と思っているようなものでも本当に苦しいときは頼りにするもののようで、「藁にもすがる」というのは、正にこのことでした。

さて、その霊視をする人の家ですが、テレビや映画で見るようなうす暗くおどろおどろしいものとは違い、至ってまともな普通の家でして、私の他にも数人ほどの先客が待合室(?)で待っていました。それぞれ心の中やら身体に悩みがあるのでしょう。皆、一応に下を向き鬱々とした表情であったのを覚えています。

いよいよ、私の順番になり恐る恐るノックをすると「どうぞ!」と中から軽やかな声が。入ってみると極、普通の中年の女性が座っており、よくありがちな大きな水晶の玉などはなく、テーブルの上には何かメモをとる紙があるくらいでした。もっと不気味なものを想像していた私はほっとしたのと拍子抜けしたのが、半々でした。

着席を促されて、霊視に入る前に聞いたその女性の話では、「自分の鑑定は霊視というほどではないが、その人の出自や今までの経緯から先祖の声に耳を傾け、今後はどうなるか、どうあるべきかを診るものであり、テレビでみるような霊視とはちょっと違い、占いに近い」ということだったのを記憶しています。

さて、私の名前、生年月日や出自、この症状に悩むようになった経緯を話した後に、いよいよ霊視(占い)が始まりました。

私の顔をマジマジと見た後、あらぬ方向に目をやり、暫くの間、目を閉じて「ふぅ…」とため息をつくようなことを数回ほど繰り返していました。得も言わぬ静かなそして不思議な緊張感が漂っていました。

そして、霊視の概略は、以下の通りでした。
「私の父の祖母(私から見れば曾祖母)にあたる人のお墓はあるには、あるがきちんとした墓石がない。墓石を建てるということは、家の問題なので難しいかもしれないが、その人(曾祖母)を供養することで、加護を得られて、症状は快方に向かい40歳までには治ります。」
というものでした。何となく半信半疑でしたが、前述のように「藁にもすがる思い」だったので素直にお礼を申し上げ、既定の料金(確か5,000円)を支払って帰宅しました。

その夜の事です。父に曾祖母のことを尋ねると果たせるかな「墓はあるが、きちんとした墓石はない」とのことでした。墓石が建てられていないことの経緯には、複雑な事情があるらしいのですが、ピタリと当てられたことには、背筋がぞっとしたのを覚えています。

早速、その週の日曜日に曾祖母の眠るお寺を訪ねてお参りをして供養をしてきました。墓所は霊視をした女性のいうように場所はあるものの寂しいものでした。しかし、父を介して脈々とその血が繋がれていることに思いを馳せて手を合わせ心より冥福を祈ってきました。

それで、苦しんでいた疾患のほうはどうなったかと言うと、40歳になっても一向に完治には至らずに、会社の方も退職するに至りました。その後、大学病院で精密検査を受けたのですが、「異状なし」との結果で精神的なものだろうということになり、神経科で心理療法を受けるに至りました。

では、霊視をしてもらったことに後悔はしているのか?と問われると確かに40歳までに完治には至りませんでしたが、別に後悔はしていません。考えようによっては、新たな治療の方向性を示して貰えたとも思えるからです。

ただ、何の情報も得ていないのに曾祖母の墓の状態をズバリ言い当てたのには、驚きました。今、思うともっと他のことも尋ねてみてもよかったのかな?と思います。

何事に関しても先祖の霊のせいにして、全て先祖の霊に頼ってしまい、闇雲に霊視の結果を盲信してしまう人も多くいるなどというのを時々聞きますが、私のようなケースに限って言えば、先祖に敬意を払い、霊視の結果を一応の目安程度に捉えるのが、妥当なのではないかと考えます。

結局、「天は自ら助けるものを助ける」でして、自助努力が必要なようです。心の支え程度に考えるのならまだしも、それにガチガチに縛られてしまうと動けなくなり、最悪の場合には、一頃、流行った霊感商法の類にも引っ掛かってしまう危険性もあるように思えます。

その後、曾祖母のお墓は、宗家の意向なども絡み相変わらずの状態ですが、私の家では曾祖母の命日には好物だったという日本酒をお供えして供養させて貰っています。

本物の霊能者に気軽に霊視してもらう方法とは?

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